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テスト投稿です。

 この劇烈な活動そのものがとりもなおさず現実世界だとすると、自分が今日までの生活は現実世界に毫(ごう)も接触していないことになる。洞(ほら)が峠(とうげ)で昼寝をしたと同然である。それではきょうかぎり昼寝をやめて、活動の割り前が払えるかというと、それは困難である。自分は今活動の中心に立っている。けれども自分はただ自分の左右前後に起こる活動を見なければならない地位に置きかえられたというまでで、学生としての生活は以前と変るわけはない。世界はかように動揺する。自分はこの動揺を見ている。けれどもそれに加わることはできない。自分の世界と現実の世界は、一つ平面に並んでおりながら、どこも接触していない。そうして現実の世界は、かように動揺して、自分を置き去りにして行ってしまう。はなはだ不安である。

 大きな行李(こうり)は新橋(しんばし)まで預けてあるから心配はない。三四郎はてごろなズックの鞄(かばん)と傘(かさ)だけ持って改札場を出た。頭には高等学校の夏帽をかぶっている。しかし卒業したしるしに徽章(きしょう)だけはもぎ取ってしまった。昼間見るとそこだけ色が新しい。うしろから女がついて来る。三四郎はこの帽子に対して少々きまりが悪かった。けれどもついて来るのだからしかたがない。女のほうでは、この帽子をむろん、ただのきたない帽子と思っている。

 やがて、白い男は自分の横へ廻って、耳の所を刈(か)り始めた。毛が前の方へ飛ばなくなったから、安心して眼を開けた。粟餅(あわもち)や、餅やあ、餅や、と云う声がすぐ、そこでする。小さい杵(きね)をわざと臼(うす)へあてて、拍子(ひょうし)を取って餅を搗(つ)いている。粟餅屋は子供の時に見たばかりだから、ちょっと様子が見たい。けれども粟餅屋はけっして鏡の中に出て来ない。ただ餅を搗く音だけする。